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イロンガ娘=いい女説 - じゃぱゆきF美 V : 自宅に

さっきチャッジェ(7チャンネル)で面白いニュースをやっていました。
最近、タイで社会問題になっているのが、そこら中で凸凹する若者たちです。
特に、図書館やお寺でするのが流行りだとか。
パッツン女子大生も熱心に凸凹しているよですが、最近では田舎の中学生も凸凹に熱心だそうです。苦笑
お坊さんがお寺で凸凹する中学生に苦言を呈していました。笑

美佳の従兄弟のムーちゃん(13歳)も、最近彼氏ができたらしく、
2,3日おきにしか家に帰らず、毎晩彼氏と凸凹してるそうです。笑

いやあ、やっぱりタイは最高ですね。
13,14歳から凸凹してるんですから、
パッツン女子大生がフェロモンばりばりな理由もわかりますね。

さて、それはともかく、イロンガ娘F美編の続きです。



F美に三度目に会ったのはそれからさらに三日後くらい、最初に会ってからは一週間強後だったと思います。

会社から12時過ぎに帰ってくると私はベッド周りを片付け、シャワーを浴び、
特に凸まわりは丁寧に洗いました。笑
支度を済ますと既に時計の針は1時半を過ぎていました。
F美と約束した2時には遅れそうです。

加齢臭をごまかすために、いつもより多めに香水をつけて愛車のオープンカーを駆って
出かけました。
F美宅に着いたのは2時半くらい。30分ほどの遅刻でした。
家から一本先の道に車を止めて電話をしました。
すると、発信音がなるかならないかでF美がこちらに歩いて来るのが見えました。

「Hi」
と、声をかけますが、なんだか返事がありません。
私がドアを開けようとするのをさえぎって彼女は黙って車に乗り込みました。
そして、私が運転席に座ると、こちらを見て、大きな目を見開き
大声で叫びました。
「オソイ!!」

あまりの剣幕にたじろいでしまった私です。
後にも先にもピーナ、いやどの国の女にもこんな調子で物を言われたことがありません。
私がびっくりして呆然としていると、
F美の表情が一瞬で変わりました。
例の目をほそーくして笑うと、
「デモ、愛してるカラ、ダイジョブ」
と、猫なで声で言いました。

このF美が見せる表情のギャップにはついていけない思いを
感じ始めていました私でしたが、
助手席に見える美脚を見てるとどうでもいい気がしてきました。

そして、この日も超ミニスカからこぼれているF美のセクシーな脚を
思う存分さすーりさすーりしながら、私の家へと向かいました。

私の家に着くとF美は、部屋の中をいろいろとチェックしたがりましたが、
私は早く凸凹したいので、寝室へと真っ先に向かいました。笑
F美は何かためらってましたが、シャワーだけ浴びたいと言いました。

F美と凸凹しようとしましたが、体が固いです。
なので準備運動は普段より念入りにしました。
ようやくバサバサになったので凸をいよいよいれようとすると、
バサバサの割には痛がります。
まあ、それでもなんとか凸凹をはじめたんですが、F美の騒ぎ方はどんどん大きくなりました。

そして、とうとう、ドスンと私の胸を拳骨でなぐりました。
「イタイ言ってル!! イライラするヨ!!!」
と、やや不正確な日本語を叫びました。

私、女性にこんなに思いっきり殴られたのは、50年近く生きてきて初めてです。
唖然としていると、F美はシャワー室へと走って行きました。

by plastictakata | 2008-02-29 03:02 | フィリピン  

イロンガ娘=いい女説 - じゃぱゆきF美 IV : オープンカーでドライブ

F美たちの住まいは、正確にはアパートではなく下町の古い一軒家でした。
二階建てのその家に、同僚十数人と一緒に暮らしていました。
管理人のおばあさんに見つかるとうるさいとのことで、私たちの車は
家の前ではなく、その数十メートル前で止めるように言われました。
F美たちが家に入ろうとすると家の窓があき、数名のババエが私たちの車に向かって
手を振ってきました。
みんな意味なく、にこにこ笑いながら手を振っています。
自分が高校生の頃、近くの女子高の子達とお互いに学校を抜け出して合コンしていた時のことを
思い出してしまいました。

さて、F美の家を後にした私と友人たちも、すぐに解散してすぐにそれぞれの自宅へと
向かいました。もう夜が明けてきていました。
私が向かったのは当時ねんごろだったビサヤ・ピーナのM奈の家でした。
私は車の中からM奈の携帯に電話をしました。
Hello
ハロー
あのさ、今から家に迎えに行くから
アノ?二人イマアッタバカリ。マタ会うスルカ?
ベテランじゃぱゆきM奈とは思えないへたくそな日本語が聞こえてきました。
はっと思い携帯電話を見て、気がつきました。
私はM奈に電話したつもりだったのですが、
間違えて先ほどのF美にかけてしまっていました。
まずい、と思いながら加齢臭漂うオヤヂの古狸知恵を必死で働かせました。
いやあ、10分は十分長い時間だよ。もう I miss you だよ。
(※ 普段、私は英語で話し、F美は英語と日本語のちゃんぽんで話していました。)
ボラボラが功を奏したのか、なんだかF美は上機嫌なようです。
結局そのままF美と話し込み、M美の家に着いた時には朝の7時ごろになっていました。
M奈は眠いといって出てこず、結局その日は誰とも凸凹なし!! 切腹。笑

ただ、この日はなんだか気分がよかったです。
F美のきれいな脚を思い出しながら遠く帰路につきました。
ちなみに、F美の顔は、どちらかと言えばかわいい方だったと思います。
お人形のように可愛らしい同僚Jやアテ格の伊東美咲に比べれば田舎娘丸出しでしたが。
まあ、私は脚フェチなんで顔なんてどうでもいいんですけどね。笑



F美と次に会ったのは、その三日後くらいでした。
F美が仕事が終わった後、また彼女の住まいに向かいました。
(※ 規制が厳しくなってきていた当時、フィリピンパブの終了時刻も早くなり
わりと早い時間から会える様になってきていました。)
F美は今度は一人で出てきて私の車に乗りました。

さて、こういうデート時はオープンカーのよさが出ます。
私はおもむろに幌を開けました。
季節は9月の夜、幌を開けて走るには絶好のシーズンです。
F美のような色っぽい娘を乗せて走るのは、夜といえども気持ちがいいものですね。

ところでこの日のF美はショートパンツでした。
あの美脚を惜しげもなく出しています。
セクシーな脚を見てると、自分でも気づかないうちに(笑)
私の手がF美の脚に乗っていました。
ナニサワッテル?
F美がちょっと怒ったような表情をして言います。
私はそれに答えて
マイプロブレマ?(問題ある?)」
と言いました。

すると、F美は私の方を向いて、また大きな目が極端に細くなるほどの笑顔を見せて
モンダイナーイ
と言いました。
まあ、問題あるって言われても止められるわけないんですけどね。笑

しかし、この時折見せる怒った表情と、目を細めて笑う時のゴロニャンぶりのギャップはなんだか
慣れないものを感じていました。

F美は2時間以内には帰らないといけないとのことだったので
ホテル行きは諦めて、この日はドライブに徹することにしました。
向かったのはレインボーブリッジが見える江東区の某公園。
レインボーブリッジのライトは消えてる時間でしたが、それでもまだ海に浮かぶ
その姿はなかなかいいムードを作り出してくれていました。

F美は、ネグロスに残してきた家族のことを話してくれました。
F美は5人姉妹の長女で、次女はしっかり者の大学生テレサ。
三女は英語が得意な女子高生クリスティーン。
四女はお色気たっぷりの中学生ジョナマリ。
五女はまだ小学生のお笑い娘エイプリル。
お父さんは既に他界していて、お母さんは3年ほど前に再婚したとのことでした。
お母さんの再婚相手のことは皆、Tito (おじさん)と呼んでいました。

F美自身の話もしました。
F美はタレントとして日本に来て、今回は二回目。
一回目も今と同じ店だったそうです。
年齢は19歳。高校を卒業した後、地元のマネージャーに誘われて
日本行きを決断したそうです。
お店のポイントランキングでは、1位から10位の間をいったりきたりだと
言っていました。

まあ、この手の話はどこまで本当か分からないし、
凸凹にしか興味がない私には眠たいだけです。笑
私はやんわりずばりと話題を変えました。
今まで何人くらい凸凹したの?
すると、F美は突然狂ったように大笑いをし始めて言いました。
もし私、バージンだったらドウスル?

ちょっと答えに困ってしまった私ですが、
まあ、その時はありがたくいただきます。
と答えました。
(※確か I'd be really happy if your give me your vergin. と言いました。)

どっちにしても、あまり面白くもない冗談なのに何で笑ってるんだろうと思いました。

ともかく夜も明けてきたので、帰ることになりました。
帰りの車の中でも遠慮なくF美の美脚をさすーりさすーりしてました。
F美は私が見るたびにまた目を細ーくして笑っていました。

次回は私の家に一緒に行くことを約束してF美との二回目のデートは終わりました。

(続く)

by plastictakata | 2008-02-28 03:19 | フィリピン  

イロンガ娘=いい女説 - じゃぱゆきF美 III : ファミレスで合コン

あれは2005年秋、省令改正が行われて、日本全国から急速にじゃぱゆきピーナ軍団が
姿を消しつつある頃だった。
入国してくるフィリピーナがだんだん少なくなり、急に多国籍化したり
閉める店も多くなってきた。
ただ、そうは言ってもまだまだ本物のタレントもおり、客も店側も幾分のんきに構えていたように思う。
その当時の私の痛い話、まだ続きます。


深夜のフィリピン・レストランで仕事上がりのじゃぱゆき軍団に遭遇した私は
目当ての超ミニスカ娘・F美から携帯番号をゲットしました。

F美が店から出て行ってからすぐに、その紙に書かれた番号に電話しました。
友人も私のまわりに集まってきて聞き耳をたてています。
すぐに応答がありました。周囲がざわざわしていて複数の女の子の声が聞こえます。
が、即座に切られてしまいました。
いぶかしく思いながらもう一度かけてみましたが、またすぐに切られます。
3度目電話した時は、留守番電話になっていました。笑

あきらめて友人と談笑していると、30分ほどしてから今度は私の携帯に着信がありました。
電話に出ると、F美でした。
なんでも
「プロモーターのいるところでは電話しずらかった。」
「今はアパートに帰ってきた」
と言います。
私が事情を聞き終わるより早く、友人たちが私に早く代われとせかします。

そこで交互に電話を代わり、それぞれお気に入りの娘たちと会話をしました。
一通り話し終わると再び私に携帯電話が戻ってきました。
そこでF美に今から会わないかと誘いました。
すると、チェック(点呼のこと)があるまでの時間ならかまわないとのこと。
また、一人での外出ではなく、友人と一緒に行きたいとのこと。
それはこちらも願ったりの状況です。

すぐに友人3人と車に便乗し、彼女たちのいるアパートに急行しました。
彼女のアパートは隅田川近くの下町にありました。
指定された場所に車を止めて待ってると、まもなく、手足の長い色っぽい娘が
こっそりと路地から出てきました。F美です。
その後から、きれいな娘が数人ついてきました。
友人たちのお目当ての娘たちです。

あまり長い時間は外出できない、とのことで近くのファミレスに
行くことになりました。
場所はF美たちが知っているようなので、ナビゲートしてもらうことになりました。

F美に私の車の助手席に乗るように言うと
アテ格のババエ(この娘が一番きれかった。伊東美咲似でした)が出てきて、
女の子一人では車に乗ってはいけないと言いだしました。
私の車は二人乗りなので仕方ない。
彼女を乗せることをあきらめて、友人を助手席に乗せて出発しました。

道中、もう一台の車に乗ったF美が私の車に乗った友人に
電話で道案内をしてくれました。
ただ、彼女はまだ日本語が上手でなくコミュニケーションに
苦労しているようです。
また、私の友人は英語もタガログ語も全く話せないのでつらそうです。

だんだん苛立って来たのかF美が大声で話しているのが私にも聞こえてきました。
とうとう、友人が
言葉が通じない。代ってくれ。
と電話を私に投げ出しました。

ハロー」と私が電話に出た瞬間、電話の向こうからとんでもない
怒声が聞こえてきました。
プータンイナ!!※」
とという叫び声でした。
続いてまくし立てるように怒号が聞こえます。
声はF美の声ですが、これまで私と話していた時のおとなしい感じとは全然違います。
びっくりしました。
(※プータンイナモは「お前の母ちゃん、売春婦」という意味の究極レベルの罵り言葉。
F美はモ(あなた)を抜かしてプータンイナとよく言っていました。)

ねえ、今何言った? プータンイナって言わなかった?
すると、F美は私が英語で話すと急に声色を変えて
あなたに言ってない。あの男がバカだから...
と言いました。
そのバカだと言われてる男は私の友人なんだが...苦笑

店についてお茶をしながら彼女たちとお茶をしました。
今度こそ邪魔者もいなくて本当に合コン感覚です。
途中、周囲が気をきかせたのか、席替えをしてF美は私の隣に
座ることになりました。

近くで見ると、超ミニスカから見える脚はたとえようもなく美しくセクシーです。
いやあ幸せいっぱいの私でした。
友人たちも一人を除いて楽しんでいるようでした。
友人の一人は気に入っていた娘と電話で話した子を間違えたらしく(笑)
目当てと全然違う娘が来てしまったのでした。切腹。

F美たちはいずれも来日一、二回目の娘だと言いました。
本当かどうかは分かりませんが、F美たちは日本語も英語もかなり下手糞なのは確かでした。
F美の出身地はネグロス島と言いました。当時、私はまだルソン島以外には行った事がなかったので
想像もつきませんでしたが、
彼女たちの身のこなしや態度から田舎娘であるのはわかりました。
また、F美が友人と話す時に使う言葉は私が聞いても明らかにタガログ語とは違いました。
今思えばそれがイロンゴ語なまりのタガログ語だったのだと思います。

しかし、少し気になったのが、F美が自分の友人や私の友人と話す時の表情と
私と話す時の表情というか目つきの違い。
これが誰がどう見ても露骨に違うのです。
友人と話す時は大きな眼を見開いてけたたましく叫ぶように話します。
なんだか怒ってるみたいです。
一方、私と話す時は目が極端に細くなって薄笑いをしています。
声も完全な猫なで声になるのです。
これが瞬時に入れ替わるのはちょっと恐ろしい感じがしました。

まあ、その時はF美の表情の変化が何を意味するかは分かりませんでしたが、
私はとにかく美脚さえ眺めていれば満足なので深くは気にしませんでした。笑

1時間ほど談笑したでしょうか。夜も明けてきたのでアパートに戻ることになりました。
今度は私の車にF美が乗ることでアテの許可が出ました。
アパートまで、5分足らずの道のりでしたが、
F美の美脚をたっぷり拝みながら
短いドライブを楽しんだのでした。
(続く)

by plastictakata | 2008-02-26 23:42 | フィリピン  

イロンガ娘=いい女説 - じゃぱゆきF美 II : ナンパの達人

やっぱりね、フィリピン人は画一的だと私は思うよ。
根拠なしに言ってるわけじゃないんだよ。
私はフィリピン人やタイ人以外の外国人とも比較した上で言ってるよ。
それにね、フィリピン人でも私の会社の同僚なんかはかなりの上流階級だと思うけど
そういう人も観察した上で言ってるんだよね。
フィリピンに地域差があるのも知ってるよ。
ただ、他国の地域差はそれ以上って言ってるんだよね。

....と言ってもやっぱりイロンガ娘はいい印象が残ってるんだよなあ。笑
まあ、ともかく私が今以上に痛いオヤヂだった頃のお話の続きです。



上野のフィリピンレストランで出会った超ミニスカのピーナに私は
ためらいなく声をかけました。
そばにいた友人も、ピナ軍団も、他の客もあきれ返ってましたが、
私は恥ずかしいと思いません。
恥はとっくの昔に神田川に捨ててきました。笑

また脱線になって恐縮なんだが、私が座右の銘「ナンパの達人」という書き物がある。
(書店では売ってない...と思う)
その指南書の作者、通称ナンパの先生は、よく宮本武蔵を引用していた。
曰く、ナンパの道を究めるには剣の道を究めるに等しい、と。

ある時宮本武蔵は、道に落ちていた釘を踏んでしまい足を怪我してしまう。
怪我をした武蔵は、自分自身が未熟者だったと自分を責める。
つまり、本当の剣の達人なら、いつ何時出会っても気が張り詰めているはずである。
わらじが釘にふれた瞬間、危険を察知して足をずらし、怪我することを避けたはずである。

ナンパの先生、曰く、ナンパも同じなのだと。
いつ何時、生涯最高の女が目の前に現れるかもわからない。
しかもその生涯最高の女とはもう二度と会えないかもしれない。
であるならば、いい女を見かけた時、声をかけるのにためらっている暇はない!!と。

で、ナンパの先生は、通勤の満員電車の中でも毎日いい女を物色しているそうだ。
周囲の冷たい目線は全く気にしないと言う。笑
いつ何時、生涯最高の女が現れるか分からないのだから気にしてる暇はないのだという。
そして、先生は満員電車の中でも何も臆せず女性に声をかけるのだという。
昨日も満員電車が京浜東北線品川駅に停車中、そばにいる女性を声をかけたという。
周囲の吃驚しような呆れたような視線は全く気にしない
なぜならその女性は生涯最高の女かもしれないからだ。
で、先生はあっけにとられる女性から電話番号をゲットしたという。驚

ちなみに先生は失敗した時、恥ずかしくないかというと、死ぬほど恥ずかしいらしい。笑だが、1秒後にはそんなことは忘れて次の女性を物色するという。
だって生涯最高の女がすぐそばにいるかもしれないからだ。笑

まあ、このナンパの先生の書物にはいろいろな意味で encourage されるんだが、
私もこの上野のフィリピンレストランの時は、先生の言葉どおり、
一切の恥は、かきすてて声をかけたのだ。

意外なことにすぐに超ミニスカピーナからは返事があった。
「(私の名前は)F美

それがきっかけで、このじゃぱゆき軍団と我々は席を話すことになった。
当時まだ、若いきれいなじゃぱゆきが東京に居た頃である。
かなりきれいな子も数人いた。

私の友人たちも、すぐにターゲットを見つけたようだ。
合コンのような雰囲気になった。

彼女たちは、錦糸町の某店に勤めるじゃぱゆき軍団で、この日は店が終わった後に
プロモーターに連れられてこの上野のフィリピンレストランに食事にやってきたと言う。

彼女たちのいる店の名前は聞いたことはあったが、私たちは誰もまだ行ったことはなかった。
電話番号を聞いたが、プロモーターの方を横目で見て「ヒンデ・プエデ(できない)」と言われてしまった。
ほどなくプロモーターらしき男性は、全員連れて帰ろうとした。
彼女たちはまだ食事もとってなかったのだが、それは持ち帰り用パックにされていた。
私たちが加齢臭漂う爺さん軍団なので、その男性が警戒してしまったのかもしれない。笑
そして、プロモーターらしき人物に促されて、じゃぱゆき軍団はあっさりと帰っていってしまった。

彼女たちが全員出て行った後、一分くらいするとレストランのドアがまた開いた。
見ると、その超ミニスカートのF美が立っていた。
彼女は私のところに近づいてきて、小さな紙切れを黙って私に渡すとすぐにまた出て行ってしまった。

そのくしゃくしゃの紙切れには、彼女の携帯番号らしきものが書かれていた。
(続く)

by plastictakata | 2008-02-26 03:11 | フィリピン  

イロンガ娘=いい女説 - じゃぱゆきF美 I : 上野のフィリピンレストラン

jaianaさんの日記を見ていて、イロンガ(イロンゴ語圏の女性)を思い出しました。

イロイロ島とネグロス・オキシデンタル(ネグロス島の西半分)は、ビサヤ地方とはまた
違う文化と言語になります。
話される言葉は、ビサヤ語に似たイロンゴ語。
で、イロンゴ語圏の女性はイロンガと呼ばれます。

まあ、イロイロは聞いたことがなくても、バコロドなら聞いたことのある人も多いんじゃないでしょうか。
ネグロス・オキシデンタルの州都がバコロドなので、ネグロス・オキシデンタルの出身女性は
「バコロド出身」ということが多いですね。
関東出身の女性が、外国人に「どこ出身」と聞かれて「Tokyo」と答えるようなもんでしょう。
どうせ外国人にマイナーな地名を言ってもわかるわけないですからね。

フィリピーノに「イロンガ」のことを聞いてみると、不思議と悪い話は聞いたことがありません。
フィリピーノ曰くイロンガは
- 情が深く
- 怒ってる時でも優しい

そうで、イロンガ娘好きのピーノも多いとか。
まあ、どこまで本当かはわかりませんが、イロンゴ語は発音がなんとなくやわらかいので
そう感じるのかもしれませんね。

フィリピンの凹売りーナにビサヤ娘率が高いのは有名ですが、イロンガ娘率も結構高いんですかね。
私もわりと高確率でイロンガ娘に会っています。
まあ、1980年代後半、ネグロス島は飢餓の島だったらしく、未だにその影響で凹売り率が高いのかもしれないですね。

これまでこのBlogに登場した娘の中でイロンガをリストアップしてみました。

木馬勤務でスタイル抜群。大魔王さんにぞっこんのA子。笑
お薬の話
木馬娘と3P
登場人物紹介シリーズ III 木馬娘 A子
お姉ちゃんたちにもてるようになるには?(転じて 煽り顛末記) そのIX - 後書き

暗黒喫茶常駐で口癖が「グストコブンティス(妊娠したい)。グストコベイビーモ(あなたの子供欲しい)の小猿ちゃん。
[フィリピン滞在記 1月編] V 小猿ちゃん
[フィリピン滞在記 1月編] VI 帰国

暗黒喫茶でいつも小猿ちゃんと喧嘩をしている主婦 R果
(ブログには書いたことないですが、数回持ち帰りました。笑)

エドコン勤務の瓜坊D美。特技はあえぎ声を瞬時に三ヶ国語で切り替えること。笑
[2月 渡比記] I - 第一日 : 三ヶ国語から四ヶ国語へ

元じゃぱゆきF美
お姉ちゃんたちにもてるようになるには? そのI - 序論
[2月 タイ滞在記] VI - 四日目 : 美佳の母親宅

他にも何人かいましたが、忘れてしまいました。笑

まあ、こうやって並べてみると、なついてくれる率は非常に高いですね。
思い出深い娘ばかりです。その中であえて言うなら、元じゃぱゆきF美が特に記憶に残る娘でした。

というわけで、今日から F美との思い出話を書いていきたいと思います。

F美と最初に出会ったのは上野の某フィリピンレストランでした。
ある日、私が友人と食事をしていたら、じゃぱゆき軍団がプロモーターに連れられて
入ってきました。

さすがに当時のじゃぱゆき軍団は結構かわいい子が多くて、その軍団の中にも
はっとさせられるようなきれいな子が数人いました。

しかし、私の目に入ってきたのは何より超ミニのスカートを履いていた娘でした。
小柄ですが、さすがピーナ、手足が長いです。
スカートから伸びる脚はいいですねえ。

すぐに、その超ミニスカートのピーナが見える席に替えてもらいました。
じっと眺めているとすぐに視線があいました。
周囲には私の友人も他の客もたくさんいましたが、私は気にせずに大声でこう叫びました。
アノンパガランモ!?(あなたの名前何?)」

店中、一瞬静まり返りました。
じゃぱゆき軍団も一瞬あっけにとられたようでしたが、すぐに私たちの方をみて
なにやらひそひそ話しはじめました。
そして、私が声をかけた女の子が、大声で答えました「F美!!
(なぜだか、源氏名でなくて本名を言いました)

これが、私とF美の最初の出会いでした。
(続く)

by plastictakata | 2008-02-23 22:40 | フィリピン  

フィリピンだけは特別

またまた臭いオサーンの決まり文句で恐縮だが、
フィリピン嵌りのオサーンたちは三言目はこう言う。

フィリピン人皆同じジャナイ

ピーナから教え込まれた言葉をそんまんま繰り返して使ってますよね。
まあ、確かにフィリピン人は皆同じじゃないよね。
ただね、99%は同じ(※)だと思うよ。笑
(※ 某Tさんの名言です。笑)

99%は大げさだとしてもね、フィリピン人ほど画一的な人種も珍しいと思う。
だいたいにおいて、島国とか山がちな国ってのは、普通は地方文化が豊かなはずなんだよね。
実際、フィリピンは言語の点では多様ですね。

ところが、フィリピン人たちの考え方や行動パターンは、恐ろしいほど画一的。
また、オサーンたちの馬鹿の一つ覚え
フィリピンは下層階級と上流階級では違う!!
と叫ぶけれども、私が仕事で経験した限り、
フィリピンの上流階級の人でも結構思考パターンはスクウォッターと
変わらないところがあったよ。

金の額や考える規模が違うだけで、パターンは意外なほど同じ!!
それにね、上流と下流を言うなら、どこの国でも全然違うよねえ。
ヨーロッパとかすさまじい差があるよ。

まあ「フィリピンは下層階級と上流階級では違う!!

泣き叫んでるオサーンは
フィリピンだけが外国だと思ってるから関係ないか。笑

まあ、その辺のことは過去の Entry でも書きました。
ベテランオヤヂの痛さ II

今日はその続きなんですが、どうしてフィリピン人が画一的なのか、
理由を考えてみました。

以下の三つが主要な原因かな、と思います。
- 活字文化のなさ (※某Jさんの指摘)
- 独自文化の弱さ
- マスメディアの圧倒的な影響力
(日本も高度成長期時代はそうだった)

(※ 誤解のないように言っておきますが、画一的なのが悪いわけではない。
ただ、文化人類的考察の対象にしているに過ぎません。笑)

で、こう筋道をたてるときれいになる。

活字文化が貧しい
-> 生活の中でテレビの比重が高い
-> マスメディアに一気に影響される


活字は大事ってことかな。
実際、タイの凹売りーナで、暇な時に新聞や本を結構読んでたけど、
フィリピンの凹売りーナで本を読んでるのは10人に1人もいなかった。

え? フィリピンも上流階級なら本を読んでるって?
ははは、タイの上流階級はもっと本を読んでると思うよ。笑

ちなみに、私の知り合いのタイ人は、三島由紀夫も原文(日本語)で読んでましたよ。
びっくりしたよ。
今時の凹買いの臭いオサーンたちより、まともな本を読んでるかもね。

まあともかく、凹買いオヤヂたちの思い込みはワンパターン!!
何かにつけ
フィリピンだけは特別
っていう思考パターンだからねえ。

ま、はっきり言えば、フィリピンが特別なんじゃなくて、
臭いオサーンにピチピチ凹を提供してくれる娘が特別
なんだけどね。笑

フィリピン人皆同じジャナイ!!」というオヤヂこそ皆同じだな。爆

....あ、皆同じじゃなかった。99%は同じだね。苦笑

by plastictakata | 2008-02-22 23:29 | 痛いオヤヂ・お兄さん  

マリー・アントワネット

つい数日前のことです。

某Sさんが暗黒国家にある有名な暗黒喫茶店で
携帯電話を盗まれてしまいました。
盗んだのは、見るからに人相の悪い泥棒凹売りーナ。

なんでも、Sさんがろくに相手にしなかったところ、隙を見てSさんの携帯電話をひっつかみ、
脱兎のごとくポーンショップに走っていったとのことです。
(間違いないですよね、Sさん? 笑)

さて、このことを聞いた我が家の三船美佳は、こんなことを言いました。

その女の子、クレージー。だってそうでしょ。携帯電話なんか売ったって
たいした金額にならないのに。

お金がないならお客をとればいいのに。ふふふ。


さすがは、月間22人の記録を打ち立てた娘!! 言うことが違いますねえ。

お金がないならお客をとればいいのに。

だ、そうです!! お客が欲しくてもお客がつかない不細工娘の行動パターンは
理解できないようです!! 苦笑

いやあ、マリー・アントワネットを思い出しました。
食べるパンがないなら、お菓子を食べればいいのに。

うちの家には凹売り王妃が住んでいるようです。笑

by plastictakata | 2008-02-21 00:51 | 日本  

フィリピンの優秀な人材

フィリピン嵌り(タイ嵌り)のオヤヂたちが二言目には言う言葉がある。
「フィリピンは上流階級と下流階級で違う」
「じゃぱゆきだけがフィリピン人じゃない」


しかしね、こういうことを言うオサーンたちに限って、
水商売以外のフィリピン人と接したことがないんだよなあ。笑

まあ、外国と言えばフィリピンしか知らない人たちがほとんどだからね。
もっともらしい話は鵜呑みで信じ込んじゃうんだろうな。

私も似たようなもんだな。関わってきたフィリピン人の半分以上は水商売関係だからな。自爆
ただ、仕事でフィリピン人同僚・知人が居る分、まだましかもね。
で、今日はその普通の(※)フィリピン人の方の話。
(※ 実はフィリピン人の半数以上は下層階級。だから「普通のフィリピン人」と言うのは下層階級のフィリピン人なはずだろ? という突っ込みはあえて伏せておく。笑)

今、USから私のオフィスに出張で来ている男がいる。この男は元々フィリピン出身で名前はハビエル。
こいつは超優秀。仕事も速いし正確。人格もすばらしい。
一年以上、リモートで一緒に仕事をしているけど、ミスをするのをみたことがない。
こういう人とはずっと一緒に働きたいよね。

フィリピン嵌りのお父さん、優秀なフィリピン人の話を聞いて喜んでくれたかな? 苦笑
ただね、少しだけ説明しておくと、彼がフィリピン人ってのはほとんど誰も知らない。
彼はスペイン系(おそらくはメキシコルーツの)アメリカ人だと思われてるよ。
そもそもね、彼は今まで自分の出身国の話をしたことがなかった。
なんで出身国の話をしないんだろうね。

彼は、6歳の時、US に渡って以来、30年間一度もフィリピンに帰らなかったらしい。
今日、彼がフィリピン出身だと分かって、私と2,3分タガログ語で会話したけど、
後は一切、英語モードになった。
タガログ語は話したくなさそうな雰囲気が漂う。

私の会社には、他にも二人フィリピン出身あるいは幼少期をフィリピンで過ごした同僚がいるけど、
なぜか全員、フィリピンの話になると口をつぐむんだよね。
タガログ語も「忘れた」とか言って一切話そうとしない。

一人の同僚は、はっきり言ったね。
フィリピンは遠い親戚がいるよ。子供の頃に会った。でも、もう二度と会わないし
フィリピンに行く事も二度とないよ。


これがね、他の国、例えばトルコとかボリビア出身の同僚なら皆うれしそうに母国のことを話すんだけどね。
この差はどうしてなんだろうね?

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閑話休題。フィリピン嵌りのおじさんたち希望の星といえば、
リア・ディゾンですねえ。
おじさんたちの大好きなフィリピンの素晴らしさを世界中にアピールしてくれてる...はずですよね? 笑

今やリア・ディゾンの人気は日本だけにとどまらず、タイでも大人気。
うちの美佳も日本に来る前からリア・ディゾンのことは知っていました。
すっごいきれい!!
と褒めています。
(やすさん、さすがにリア・ディゾンだと、スワイだそうです。笑)

アイドル好きの美佳はリアのプロフィールも結構詳しいようです。
知ってるよ。リア・ディゾンはハーフなんだよ。
お父さんがフランス人で
お母さんが
日本人

はい、リア・ディゾンの母親はフィリピン人でなくて日本人だと思いこんでいます。
私がリアの母親はフィリピン人だと言うと、美佳は途端に怒り出しました。

絶対そんなことない!! フィリピン人なんかな訳がない。
だって、タイ語の
公式ページ(?)には、リア・ディゾンは日本人とフランス人のハーフだって書いてるもん!!

この「公式ページ」というのを私は見ていないのですが、それがもし仮に
本当のリア・ディゾン公認のページだとすると、どういうことなんでしょう?

いや、仮にファンが勝手につくったページだとしても、どうしてフィリピン人を日本人に
書き換えないといかねいんでしょうね~。笑

まあ、はっきり言えば、こういうことじゃないですかね。

フィリピンからの脱出に成功したセレブやビジネスマンのフィリピン人は
フィリピンとは縁を切りたいと思ってる!!

....かもしれない。笑
(※ まあ、本当のところは分かりませんので、気になる人は身の回りの「普通のフィリピン人」に
聞いてみてください。笑)

え? それが本当ならフィリピンから優秀な人間は流出するばっかりだ?
ははは、ご安心ください。
その分、日本から見捨てられた
臭いオヤヂたちが大量にフィリピンに流入してますから。爆

いやあ、数的には均衡がとれていてちょうどいいんじゃないですかね。笑



ええと、少しまじめモードで少し補足しておきます。

当たり前のことですが、日本からフィリピンに移り住む方々でも、きちんとした理由(凹買いや犯罪以外)の方々は大勢いらっしゃいます。

また、フィリピンから優秀な人材の流出は本当で、医療関係、教員で特にそれが深刻だと言われています。

by plastictakata | 2008-02-19 22:05 | フィリピン  

フィリピンは不景気か?

景況判断というのは、なかなかに難しいものです。
世の中全体が好景気でも、自分の店が儲かってなければ、
その人にとっては不景気だろうし、その逆もあるでしょう。

フィリピンに嵌ったお父さんにしてみたら、フィリピン娘から電話があって
アコ、オカニない。フィリピン不景気ダカラ。
と言われれば、フィリピンが世界一の経済大国になってても不景気なんでしょう。笑

まあ、それはそうとしても、笑
マクロなレベルでの好況不況は冷然と存在するし、
経済トレンドに追随して通貨レートも決まります。
(もちろん、通貨レートは短期的には経済トレンドに逆行することが
よくあります。FX経験者の方には、そのあたりの事情は言わずもがなでしょう)

で、最近お父さんたちから以下のような話をよく聞きます。
「いやあ、フィリピンは最近景気が悪くて。」
「フィリピンは物価上昇が激しいよね。」

まあ、ブルゴスやエドコンのバーファイン代があがるのは
超重大事件と私も認める。自爆

ただ国全体でみて、本当に景気が悪いのか、本当に物価があがってるのってのは
ちゃんと確認したみたいと思う。

JETRO のレポートによれば、タイは、昨年は政変の影響もあって景気は小康状態、
フィリピンは安定成長中とのことです。
(まあ、今年は若干減速するそうだが、それでも安定成長を維持の見込み)

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実際、フィリピンで(非凸凹系の)仕事をされている方に話を伺うと、業績は伸びていると伺うことも多いです。

日本人相手のご商売をされている方は、非凸凹系でも好調とはいえないようですが、
これは日本人観光客が減っているのだから仕方のないことですね...

物価上昇に関して言えば、フィリピンの物価上昇率は2007年で2.9%。
全然上がってないじゃん!!
(正確には2007年の物価上昇率は予測値です。また、2006年は5.2%ですが、他の東南アジアの国に比べるとむしろ低めです。)

なのにね、フィリピンの凹売りーナに嵌っているお父さんたちからは
不景気」「物価高」の声しか聞かないんだよなあ。不思議ですね~。笑

まあ、上でも書きましたが、オサーンたちにとったら、若くてピチピチしたピーナが
言うことが真実ですからね。
お姉ちゃんたちが「不景気」と言ったら不景気!!なんでしょう。笑


ただね、一言だけ言わせてもらいます。

お姉ちゃんの言うことを鵜呑みにするんなら、
フィリピンは建国以来、過去も未来もずーーーーーっと、

永遠に「不景気」のままってことだね。笑



ちなみに、タイ関係の友人からは、タイがとりわけ不景気だという話は、ほとんど聞きません。
おそらくは、タイに関わっている人は暗黒の国に比べて凹関係の比率が低いからでしょうね。

by plastictakata | 2008-02-18 22:45 | 痛いオヤヂ・お兄さん  

スパンナホンの会場 -サイアム・ニラミット劇場 -

今、タイの7ch(ションジェット)で、スパンナホン(オスカー賞のタイ版みたいなもの?)をやってますね。

このスパンナホンの会場になっているサイアム・ニラミット劇場は、私と美佳が昔デートで行ったところです。

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(その時の様子はこちらの Entry )

今、タイの芸能人たちが座っているこの豪華な席に普通に座って
豪華なショーを見てました。
美佳もその時のことを思い出して興奮しています。

凹売りーナは、意外とこういう場所にデートで連れて行ってもらったことはないようです。
通常のショーは、外国人や子供でも理解できるものなので、
凹売りーナとのデートを考えている皆さんにはお勧めですよ。
喜んでもらえると思いますよ。

あ、もちろん、普通の日本人カップルにもお勧めです!!

まあ、デートには一切関心のない
無粋なオサーンには全く関係のないことですけどね。笑



サイアム・ニラミット劇場 Siam Niramit は、自分でもネットで予約できますが、ほとんどの旅行代理店やホテルで、予約や送迎をしてくれます。
旅行代理店やホテルのコンシェルジェなら、当日の手配でもやってくれます。

手軽にタイのエキゾチックな気分を味わうのに本当にお勧めです!!

by plastictakata | 2008-02-18 01:38 | タイ