誕生

速報でお伝えしたとおり、昨日、うちの美佳が娘を出産しました。
また、さくさんのお祝いコメント、ありがとうございます。
美佳も大変喜んでいます。
子供は今、NICU に入っていますが、それほど深刻な状況ではなく、
早ければ明日にも一般病室に入れるとのこです。
さて、これまでの経過を本エントリにてお知らせしたいと思います。

月曜

未明に恒例の凸凹を終了した後、寝付いた私だったが、美佳に起こされる。
何事かと思って電気をつけたら、床一面水浸しだった。
過去に3度、陣痛騒ぎや破水騒ぎがあったので、今回もまた何もないのでは、と
不安だったが、病院で診察を受けた結果、今度は本当の破水だった。
とりあえず一安心。
そのまま入院となって、美佳は分娩待機室に入る。
痛みはまだほとんどないようで、美佳は元気に待機室で跳ね回る。
担当のお医者さんの説明では、破水後、二日間は陣痛促進剤も使わずに様子をみるとのこと。
さすが「自然なお産」をモットーにしている病院。徹底してますね。

同じ部屋には次々に妊婦さんが入ってくるが、彼女たちはたいてい3,4時間で
分娩室に移り、続々と赤ちゃんを産んでいた。

私は昼過ぎに会社に行っていたのだが、夕方に病院に戻ってくると、美佳は陣痛もほとんどないようで
分娩待機室のいいところを占領して、既に分娩室の主状態になっていた。笑
夜中まで美佳と一緒にすごした後、私は帰宅した。
家では、床一面をぬらしていた羊水を雑巾がけして掃除する。笑

火曜

朝、私は会社に直行。美佳にメールをすると、まだ元気なよう。
ただ、夕べも寝ていないようで、すでに二晩徹夜になる。睡眠不足が心配。
夜、病院に着いて、分娩待機室に入ると、美佳のうなりごえが聞こえてきた。

昼過ぎくらいから陣痛がだんだん激しくなってきたとのこと。
まあ、順調なお産のためにはよい傾向。
ただ、美佳の声を聞いていると、まだ大げさな感じがするので
本格的な陣痛にはまだ程遠いのだと感じる。
モニターの数字をみた助産師や、診断した医師も同じ意見。

夕食を美佳と一緒に食べようとするが、美佳はもう食事はほとんど口に入らない状態。
病院食は信じられないほどおいしくて、お吸い物の出汁など絶品なのだが、もったいない。
助産師の勧めで、私が食べる。笑

美佳の痛みもまだ本格的ではないので、いったん家に帰ることにする。
陣痛と戦っている美佳には申し訳ないが、私も二日間、ほとんど寝ていない。
今の間に眠らせてもらおうと思う。

火曜深夜
仮眠をとろうとして、うつらうつらして30分後、美佳からの電話で起こされた。
何してるの!! 早く戻って。私が痛くて寝れないのに、あなたが付き合わないのは許せない!!
怒り狂っている。徹夜三日目。そろそろ人格も壊れてきたようだ。

美佳の母親を起こして、一緒にタクシーで病院に向かう。
病院に着くと、美佳はけろりとした顔でベッドにいた。
強い陣痛はまだ時折しかないらしい。ただ、睡眠不足での不機嫌はすさまじく
助産師によれば、美佳は携帯電話を壁に投げつけていたりしたそうだ。
優しくずっと付き添ってくれていた看護師も美佳を恐れて、部屋に入ってこない。笑

不機嫌な美佳は、「子供はもういらない」「早く痛み止めの薬を欲しい」「明日まで待てない」と駄々っ子モード全開。
ベッドや壁を蹴り、モニターを勝手にはずし、ぬいぐるみを投げ飛ばす。

助産師と私は交互に美佳をなだめる。
この夜の助産師さんは、英語が流暢で、しかもタイ語も少し話せた!! (驚)
子供の頃、タイに住んでいたそうだ。
タイ語を話す日本人は意外と多いことを再認識。
(過去の同僚でも、子供の頃、お父さんの仕事の関係でタイに住んでいて
タイ語を話す人間は数人居た。ちなみに、同じ状況でタガログ語を話す日本人は、
一人も会ったことがない。爆)

彼女の話では、日本人女性は、痛みにかなり強く、我慢がきくそうだ。
東アジア人(中国人、タイ人が多いそう)も、比較的強いそうなのだが、
ファラン(白人)は、全く我慢しないというか、大げさに痛がるそうだ。
しかし、日本でも有数の「赤ちゃんに優しい。自然なお産を重視」する病院。
ファランがなんと抗議しようと、無痛分娩はしないそうだ。
というか、「他の病院に行ってください」と、きっぱり言われるようだ。

美佳の痛がりようはひどいが、美佳の普段の様子を見慣れている私からみると
まだかなり余裕がある。
実際、モニターの数字も、まだ全然進んでいないことを示している。
診察しても子宮口の開きもほどんど変わっていない。
美佳をなだめめしすかせしして、朝、担当医が出勤してくるのを待つ。

ちなみに、この看護師さんとは本当にいろいろ話をしたのだが、
そのうちの一つが、美佳の血液。
通常ではありえない不規則抗体というものが美佳の血液にはあったそうだ。
輸血を行わない限り、通常はないものなのだそうだが、
私の知る限り、美佳は輸血はしたことがない。

凹売りしていた時の影響かとも思ったが、それはさすがに聞きそびれた。
それにしても、そういう不規則抗体まで普通は検査しないものだが、さすがは天下の○○病院。
ありとあらゆる検査をしているのだと感心。
というか、何人も担当を持っている助産師がそんな細かなデータまで記憶していることが感心だ。

夜明けがさまって来て、私はPCで仕事をはじめた。
同僚とチャット、メール、オンラインドキュメントで連絡をする。
西海岸が COB に入る前ぎりぎりに、終わらせておくべきことを一通り済ますと
完全に朝になっていた。

水曜朝

美佳が食べられそうなヨーグルトと母親の食事を買ってくるが、
美佳はもうほとんど食べられない状態。
9時になり、この日は日勤だった担当医さんがやってくる。
診察をするが、やはりほとんど子宮口も開いていないとの事。

induction (陣痛誘発剤)の投与を決めるが、その効果がない場合は、
C-Section (帝王切開)に踏み切るといわれる。
C-Section 実行の同意書に私がサインする。

induction の投与が始まると、美佳の痛みが強くなってきた。
痛みそのものより、痛みで寝られないことの方がつらいようだ。
美佳は「もう嫌だ。何でもいいから終わりにして。」と訴えるが
医師に「うちはお母さんの都合のための帝王切開はやりません。」ときっぱり断られる。

助産師、美佳の母親、私の三人で美佳をなだめる。
モニターを勝手にはずしてしまう美佳に手をやいた看護師に促され
私が美佳を説得することになる。
いつも凹売り娘に値引きを迫るテクを使い、モニターをつけるのを美佳に同意させる。
そばで見ていた若い看護師は顔を真っ赤にしていた。ははは。笑

美佳の陣痛は激しくはないものの、断続的に続いていて、
三人で交互に美佳のマッサージをする。
しかし、美佳の母親は、助産師が見ていないところでは、
美佳をマッサージする時、おなかの上部から大きな手でぐいぐいと赤ん坊を下に押し出していた。
これは現代医学的に正しいのだろうか。
まあ、親子共にタイ人だからよいのか? 苦笑

ほとんど三日寝ていない私も、美佳がトイレに言っている隙などに細切れに寝る。
このあたりは、私も意識朦朧としていてはっきり覚えていない。

ふと気がつくと、年配の助産師が美佳の凹を診察していた。
そこで、朗報。意外と進んできているとの事。
この子、若いし、あとちょっと進めば意外とすんなりいくかもよ。
帝王切開は避けられるかも。

それを聞いて場が急に明るい空気になった。
美佳にもそれを伝えるが、もうあまり状況がわからないようだ。
この時点で昼の11時になっていた。

水曜 昼 I

12時。いよいよ分娩待機室から分娩室に移動する。
陣痛はまだまだ弱いが、子宮口から赤ん坊の頭が見えてきたそうだ。
美佳の姿勢は仰向き、M字型開脚。
結局、一番スタンダードな形になった。

医師の診察の結果「9割方、自然分娩でいけそうです」との言葉で勇気づけられる。

美佳は、もう言葉の説明は理解している感じではないが、
部屋を移ったことや周囲の態度で状況が進行しているのには、わかったようだ。

1時。美佳の陣痛もまだ激しくない、というか一回あたりがまだまだ短いが
医師、助産師が分娩の最終準備を始める。

助産師二人が、英語の確認をしている。「いきむ」の英訳を確認していた。
医師二人、助産師4人、私と母親が美佳を取り囲む。
美佳の足は、踏ん張るための足場にきっちり入れられ、手はベッド横の取っ手を握らされた。
さっきのタイ語も話せる助産師が美佳にいきみ方の説明をする。
このとっさの場面で美佳がどれほど理解したかは分からないが、とりあえず美佳はうなずく。
ここで陣痛促進剤の増量が指示された。
そして、美佳がいきみ始めた。

私はまったく素人なのだが、美佳のいきみ方が正しくうまいのだと感じる。
これが動物の本能というものなのだろうか。
助産師と私で、交互に "very good" "well-done" などと声をかける。
しばらくいきむと、休んで深呼吸。
これを繰り返す。
担当医が美佳の凹に二本の指をいれ、美佳の凹を思いっきりこじ開けながら
子供の頭をとらえ、補助の医師が一本指でそれを下から支える形。
10回くらい繰り返すと、医師の場所からは赤ん坊の頭が見えてきたとのこと。
喜んで美佳に伝えるが、もう美佳はかろうじてうなずくだけだった。

ただ、ここから先、何度か美佳がいきんでもあまりすすまないよう。
いったん休憩となり、医師や看護師が外に出たり入ったりする。
小さなはさみを持っているので、「会陰切開ですか?」と聞くと、
担当医さんが、「そうです」と答えた。

水曜 昼 II

美佳の凹をみると、まだ口は完全にふさがっているが、全体に盛り上がってかなり肥大している。
出血も少しある。
血を見るとすぐに貧血を起こす私だが、この時は、なぜか全く平気。

例のタイ語もできる助産師が「ナーム(水のこと。水を美佳にあげてと言いたかったらしい)」と美佳の母親に言うが、美佳の母親はぽかんとした顔をしている。
やはり完璧な発音でないと通じないらしい。
美佳の水分補給が済むと、再び医師と助産師が美佳のまわりに集まる。
今度は美佳の脚を看護師が持ち上げる。
おむつ交換のスタイルだ。

すると、看護師二人が私の方を見ながら何か小声で話している。
旦那さんの名前が...」と聞こえてきた。
どうやら美佳のお腹にある Toru (私の名前)の刺青が見えたようだ。
まあ、さすがに旦那の名前をお腹に刺青しているのは珍しいのだろう。苦笑

会陰付近に麻酔注射をうち、会陰切開が行われた。
麻酔のせいか、美佳はあまり痛がらない。
そしてまた医師が三本の指を凹に入れると、美佳がいきみ始めた。
何度かトライするがまだ出てこない。
助産師が "very good" と声をかけるが、表情から察するに状況が変わっていないのだと感じる。
医師がさらに切開を行い、美佳には、長めにいきむように指示がされた。

美佳は「もうエネルギーない。まだ終わらないの。」といき絶え絶えに言う。
かわいそうだが、実際あと少しのはず。
あとほんの少しだから。」と勇気づける。

そして、美佳は顔を真っ赤にしながら、いきむ。
数度の長いいきみの後、ふと凹の方を見ると、青白い肌をした人形のような赤ん坊がもう完全に外に出ていて医師の手の上に乗っていた。

へその緒は生の物を見たのは初めてみたが、とても不思議な真っ白な色をしていた。
すぐにハサミでへその緒は切られ、赤ん坊を持った助産師は走って外に出て行った。
あんなに慌てて走って落とさないものだろうか、と思う。

子供が出たことを美佳に伝えると、美佳はうれしそうというよりも、ほっとした顔を少しして
痛いの、もう終わり?
と聞いてきた。
凹の方では、胎盤の摘出が続いている。
担当医さんが、思いっきり下手な英語(これがすごく好感が持てる。美佳も気に入っている。)で、「プラセンタ(胎盤)、アウトね」と説明した。
美佳はもういつものように笑う余裕はなかったが、ほほが少し緩んだ気がした。

美佳は、私に「どっちだった?」と聞いた。
男か女のことだろうと思って、助産師さんに聞いたところ、女の子だったようだ。
美佳はうれしいのか恥ずかしいのか何とも分からない顔をして「girl」とつぶやいた。

私は美佳に "You did a great job! Wonderful!" と声をかけ、ハグをした。
美佳も力が入らない手で私の背中に手をまわした。
そして、二人で数秒間、抱き合った。
そのすぐ傍で、担当医さんは美佳の凹から胎盤を引っ張り出していた。笑

産後

美佳の凹から胎盤摘出中、部屋の外から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
分娩室は多くあり、NICU も近く、赤ん坊の泣き声は珍しくないのだが、
美佳は一瞬でそれが自分の子だと分かったようだ。
泣いているのが聞こえる。」と小声で言った。

看護師さんが「赤ちゃんはすぐ外に居ますから、見てきていいですよ。」と声をかけたので、
私は美佳の母親を連れて見に行った。
すぐそこに、先ほどの赤ん坊が居た。
5分くらいしか経っていないが、もう青白さは抜けて、赤ん坊特有の赤みがさした肌になってきていた。
とても小さな口をとがらせて必死で空気を吸っている。
赤ん坊と目線があう。
私は赤ん坊に彼女にとって人生最初の言葉をかけた。

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赤ん坊は鼻などに入った粘液をとってもらい、体重計にのせられ、そして酸素濃度を測られた後、
保育器に入れられてしまった。
呼吸がつらそうなので、という説明。
NICU に入る覚悟をするが、実際この後、NICU に入ることとなった。

赤ん坊の写真とビデオをとる。
美佳の母親は恥ずかしながらも、赤ん坊と同じ写真に収まった。
分娩室にすぐに収まり、美佳に赤ん坊の写真とビデオを見せる。
疲れきっていた美佳だがこの日一番、うれしそうな顔を見せた。

もう分娩室は、人の数も減り、一仕事終わった後のリラックスした雰囲気が漂っていた。
担当医さんが美佳の凹を縫い合わせていたが、驚嘆したこえをあげた。
さすが若い!! 切った部分から全然余分に切れていない。
確かに女性の肉体的には、出産最適なのは19歳と言われる。
社会的なことを考えなければ、20歳前に子供を産むのがやはりベストなのだろう。
もう余裕で作業をしている担当医さんと、そういう話をした。

胎盤を洗っていた助産師が出てきた。
「Would you like to see your placenta? (ご自身の胎盤を見ますか?)」
と美佳に聞いた。
そもそも、placenta(胎盤)という単語が理解できない美佳なので、ぽかんとしていたが
私がみるように薦めた。
まあ、一生に数度しかない機会だろう。

洗った胎盤はまだ血にまみれていたが、全体的には白くてそして何よりかなりの大きさがあった。
ビニール越しに触ってみるとぷにぷにとしていた。
まるで内臓のようだった。というか、内臓なのか。
助産師が、美佳に赤ん坊を見に行くか、と聞くと、美佳は先に眠りたいと答えた。
そして、すぐに爆睡を始めた。
破水前から数えると三日半寝てなかったわけで、よく耐えたと思う。
ソファでは、すでに美佳の母親が横になって寝ていた。

私は、また赤ん坊の方を見に行った。
保育器に入った赤ん坊を見る。落ち着いて見ると、手足がずいぶん長い。
そして目がすごく大きい。
やはりタイ人とのハーフ。純日本人の子供とは、赤ん坊の時からずいぶん違うようだ。



ちなみに、私が子供に最初にかけた言葉は
"Welcome to the real world"

この子の将来を考えると、必ずしもばら色の未来が待っているとは言えない。
東南アジア人と日本人のハーフがどういう人生をたどっているか、思わしくない事例も多く見聞きしているし、
日本人同士の子供でも、大きな問題にぶちあたるケースも知っているし経験している。
もちろん、人生には楽しみも多くあるはずで、そういう表も裏も全て含めて現実の世界なのだろうと思う。

この世に生を受けることが果たして幸福なのか不幸なのか、誰にも断定することはできないと思う。
ただ、生まれてきた事実はもう何があっても戻ることはない。
そして父親と言うよりは、少なくともこの世に先に生まれてきた者としては、
今、彼女が、新しく世界の一員となったことを歓迎したい。

少なくとも、パッツンが似合いそうな娘は大歓迎だ。爆


Nila ちゃん、Welcome to the パッツン World!!

by plastictakata | 2008-09-12 03:05 | 日本  

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