[タイ滞在記] VII : クラトンサーイ

早朝からお母さんにたたき起こされた私と、三船美佳ちゃん(ゴクミ娘とも言う。三船美佳似のタイガールです)でした。
どうやら、昨日のオークパンサー明けのセレモニーの続きがあるようなのです。
早く、早くと美佳が急かす中、急いで凸をふきふきし、美佳のぶっとばすバイクで昨日のお寺まで行ったのでした。

b0098969_2162150.jpgb0098969_2235664.jpgb0098969_2241561.jpgb0098969_2265397.jpgb0098969_2245571.jpgb0098969_2251422.jpgb0098969_2252857.jpgお寺の敷地内では、人々が、道沿いに並んで立っています。後ろにはのどかな湖沼が見えます。
のどかな早朝風景の中、その人並みに沿って、数人のお坊さんやリヤカーがゆっくりと進みます。
並んだ人々は、皆、米櫃と木の枝を持っており、それをお坊さんやリヤカーの中に托鉢していくのです。
私と美佳も、お母さんから米櫃と木の枝を受け取り、列の最後尾に並びました。
よくわかりませんでしたが、美佳の見よう見まねで、膝をついて手を合わせ、お米を寄付しました。

それが終わると、今度はお堂に移動して、経典を読む式になりました。
地元の人に混じって、私と美佳、お母さんも座り、(正座ではなくて、脚を斜めにする女の子座りがスタイルなんですね)
手を合わせ、なんどか大きくおじぎをして、読経を聞き入りました。

朝ののどかな田園風景の中で、聞き入るタイ語のお経。
エキゾチックさに満ちていて、なんともいえない気分になりました。

ところで、読経が終わってお堂の中を見渡して、ふと気がつきました。
昨日から思っていたこの村の何かおかしい点に気がついたのです。

この村、若者が全くいません。子供と老人しかいないのです。
中学生くらいから30歳くらいの家族持ちまで、若い層が全くと言っていいほどいないのです。

小さな子供がいますから、過疎の村なんかとはまた雰囲気が違いますが、それでもこの人口構成は恣意的で異常です。

昨日の道路事情と重ね合わせてふと思い当たりました。
時間がかかるとはいえ、こんなド田舎でも、バンコクまで数時間、費用もほんのB500程度で
行けてしまうのです。

本来は、田舎を裕福にするために建設された道路だったのかもしれませんが、
結果は逆に、田舎から都会(バンコク)への人口流出を招いただけ...というのが私の推論です。

日本でも、新幹線や鉄道、高速道路ができると、田舎が発達するどころか東京に人口流出する現象は嫌と言うほど見てきました。
ここ、バンコクでも同じようなことがおきているのかもしれません。

フィリピンはなんだかんだ言っても島国です。
それもあって交通事情は極端に悪く、田舎の若者がマニラに出てくることは
それなりに高い障壁があるのでしょう。
結果として、田舎にいけばまだまだかわいい子がいます。
その分、マニラの女の子は思ったほどレベルが高くない。

一方、タイは平地(イサーンは高原ですが、勾配は緩やかで実質平地のようなものです)ですし、
道路網が発達している結果、若者がみなバンコクに出てきてしまう。
そして、水商売の女の子の数が多く、選抜された結果、かわいい子がマニラより圧倒的に多いのではないか、と考えました。




S井師匠から以下のご指摘をいただきました。

若者の流出は依然続いているようですけど、交通事情の発達によって
東北地域のバンコク地域とのGRP格差は90年代半ばの10倍から
8倍程度に減ってきたらしいです。興味深いですね。


GRP格差は縮小傾向にあって、道路事情の改善はそれに貢献していたようですね。
S井師匠、ご指摘ありがとうございました。

by plastictakata | 2006-10-17 02:08 | タイ  

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